川田さんのことで 少し考えてみた
恥ずかしながら 1日のニュースが奈津子の元に入ってくるのは
だいたいこんな時間・・・
そのなかで、川田さんのニュースはショックだった。
ちょくちょくブログをのぞいたり、
カッコいいいいなあぁなどとも思ったり・・・
川田さんは自ら逝った。
関係ないが 昨年7月に 奈津子の母が逝った。
母は、20年ほど前に 病気が見つかり
それ以来弱い体で必死に病気と戦って生きてきた。
亡くなる前も、気配を感じていたのか
もっと長生きしたいと、もらしたことも・・・
無念であったと思う。
自ら逝った川田さんも 同じように無念だったと思う。
死にたい人は死ねず、生きたい人は生きられず、
といった単純な話ではなく・・・。
命が絶えるとき 人はどんなキモチなんだろう。
無念なのではないだろうか。
死にたいはずないと思うのだ。
そう思うのは のほほんと生きているからだろうか・・・
いずれにしても命は重い。
生きたい、少しでも生きていたい人が亡くなっていくのを見たら
命の重さを感じずにはいられない。
なんでかわからんけど、涙が止まらない・・・
明日は腫れた目で出勤かぁ
コメント
難しいね
云う人が居りますが、そう言う人は絶望の淵に立ったことが
ないから安易に口から出るのだと思います。
>後悔を感じないように生きろと
重い響きです。
私自身 いろんな欲が絡んで 後ろ向くと後悔がないとは言えないです。 マダマダ修行が足りないですね。
中国痴呆建設局さん こんにちは
>絶望の淵
それに負けて 生きることに背を向ける人の無念を考えると 複雑な思いですね。
弱いといえばそれまでですけど・・・
私も強くなりたいですw
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人の命が絶える時、単純じゃない。
『一生懸命、生きなさい』
この言葉を小生なりに考えると、臨終の間際に無念さや、後悔を感じないように生きろと言ってるんやろなって・・・
でも実際に一生懸命に生ききれた人がどれだけいるんやろ?現世は修行やというけど、たいていの人が修行の途中で命が絶えてるように思う。
難しい・・・・
でも、命が尊いものであることには違いない。